CFOから見る事業成長と稟議の関係性
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これまで、生産性や人材育成などの視点から、稟議のメリットや効果をお伝えしてきました。
そのうえで今回は、私が「一般社団法人日本パートナーCFO協会」の代表理事を務める立場から、企業の成長戦略と稟議をテーマに論考していきます。
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<プロフィール>
ワークフロー総研 フェロー
高森厚太郎
一般社団法人日本パートナーCFO協会 代表理事
東京大学法学部卒業。筑波大学大学院、デジタルハリウッド大学院修了。日本長期信用銀行(法人融資)、グロービス(eラーニング)、GAGA/USEN(邦画製作、動画配信、音楽出版)、Ed-Techベンチャー取締役(コンテンツ、管理)を歴任。
現在は数字とロジックで経営と現場をナビゲートするプレセアコンサルティングの代表取締役パートナーCFOとして中小・ベンチャー企業などへの経営コンサルティングのかたわら、デジタルハリウッド大学院客員教授、グロービス・マネジメント・スクール講師、パートナーCFO養成塾頭等も務める。2020年9月にはワークフロー総研のフェローに就任。著書に「中小・ベンチャー企業CFOの教科書」(中央経済社)がある。
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企業の5つの成長フェーズそれぞれに課題がある
まずは企業の成長と、その過程で生じる課題についてお話しします。企業の成長には5つのフェーズがあり、スタートは「起業」。例えば社長とエンジニアと業務委託など、4~5人の規模で、商品やサービスといったプロダクトづくりに励みます。
初期の大きな課題は、まとまった資金です。いわゆるシードマネーですが、ベンチャーキャピタルが投資してくれるケースは例外で、多くの中小ベンチャーは家族や知人の出資が原資となるわけです。
そのなかで、企業存続に必要な粗利を確保できるようになる前に原資が尽きてしまう、「死の谷」と呼ばれる関門があります。
第2のフェーズが「事業化」。これは生み出したプロダクトにファーストカスタマーが付いたステップのことで、商品やサービスに需要ができた状態です。事業が伸びて黒字転換、売上でいえば数億規模を目指していく段階です。従業員もどんどん増え、10人以上になっていきます。
ただし、例えば3億円の売上を出せるということは、そのプロダクトにそれなりの規模のマーケットが存在することを意味していることから、競合他社も高い確率で現れます。
そのなかで勝ち残れるかどうかが正念場であり、適者生存できずに溺れてしまう企業も多くあります。これが「ダーウィンの海」です。
ここで溺れてしまう会社の特徴は、プロダクトに競合との差別性や優位性がないことに尽きます。つまり、勝ち残るにはエッジのあるプロダクトの視点が重要なのです。
この視点を見出すために、競合優位性を深掘りしようというプロセスが極めて大切です。
また、仮に優位性があったとしても、それが顧客へ伝わらなければ価値がありません。このフェーズでは、プロダクトの魅力を伝えていく発信力も大事な要素になります。
こうして「ダーウィンの海」を泳ぎきり、事業化が黒字転換して安定的に会社が回りはじめると、従業員が30人以上にどんどん増えていく「規模化」を迎えます。
プロダクトを販売すればするほど売上が上がり、銀行や投資家からのファイナンスも受けやすい状態になります。
ただしこのフェーズの企業では、まだ社内の人事評価制度やそれに伴う報奨制度などが整っていないことも多く、入ってくる人材のスキルやマインドもまちまちだったりすると、次第に社内にひずみが生じてきます。
従業員同士のひずみ、そして経営と現場でモチベーションの足並みも揃わなくなるなど、各所で気持ちや意識の乖離が見られるようになると、マネジメント経験が未熟な経営者はお手上げ状態になってしまいます。
このように、従業員数が30人規模に増えるとマネジメント面のひずみで企業の成長が止まったり、社内分裂が起きたりするケースが見られるようになります。これが「30人の壁」です。
「30人の壁」を乗り超えてうまく「規模化」を果たした次の第4フェーズでは、会社は「組織化」されていくことになります。
従業員が100人と行かずとも、40~50人となると社長1人では全社員を見ることができなくなるため、中間管理職が必須になってきます。人事制度を作り、会社が仕組みとして回るよう組織化することが重要です。
しかし、ここで立ちはだかる課題が「官僚化」です。企業名が安心感を与え、給料も安定的に支払われる会社になれば、サラリーマン気質の従業員が相対的に増えてきます。
しかしさらに成長するためには、官僚的でなく、柔軟でフロンティア精神のある人材が欠かせません。こうした「組織化」のジレンマを乗り越えながら、新規事業やM&Aなどを経て、最終となる第5フェーズの「多角化」や一部上場企業へと成長していくのです。
「モグラ叩き経営」を解決する「経営の役割分担」
それぞれのフェーズに応じて課題が付きまとうわけですが、成長を目指すベンチャーにとって最も大事なことは、プロダクトを作って売るという本業を伸ばしていくことです。しかしその裏側では、経理、財務、人事、総務といった、会社を回していくための経営管理が後回しになりがちです。
企業が成長していくにつれ、人員の増加と比例して現場では「取引先とトラブルが起きた」「商品やサービスで不具合が発生した」など、大小様々な問題が毎日のように発生します。そういったカオスな状況では、経営はモグラ叩きになるでしょう。
目先の問題を都度鎮火消火していくうちに、重要度の高いことが後回しとなり緊急性が高いことばかりやっているという状態がこの「モグラ叩き経営」です。結果、将来のために仕込んでおくべきことができず、次のフェーズに行けないという事態にもなりかねません。
この問題を解決するのが「経営の役割分担」です。中小ベンチャーの経営者は、自身にしかできない固有の仕事とそれ以外の多岐にわたる雑多な仕事をこなしながら、企業の成長段階に応じた悩みを随時解決していかなければなりません。
そんな経営者が「とても1人では立ち行かない」「キャパシティーを超えている」と思いはじめた時に出てくるのが、経営を創業者1人ではなく複数の経営陣で担当する考え方です。一般的なのが、CEO・COO・CFOの3人体制による経営。経営者固有の仕事を過不足なくカバーする、よくできたシステムです。
ただし形式上三人体制を取っていたとしても、実質的にCEOの独裁体制では理想を追うばかりで現実の数字や人を見られませんし、進捗管理で組織にプレッシャーをかけるだけに陥りがちです。逆にCFOが強すぎると企業が守りの態勢に入ってしまい、事業推進力が弱まってしまいかねません。
ここで目指すべきは、3人の役割や業務の住み分けが合理的にできており、3人の権限や能力が拮抗していて、相互チェック機能も健全に働いている状態です。つまり三権分立ができている状態が理想的な経営体制といえるでしょう。
IPOをはじめ、稟議は企業の成長に欠かせない
前段で「経営の役割分担」の必要性をお話ししました。では、誰がどの役割を担うのか、そしてその役割を誰が決めるのか。この、執行のためのプロセスを誰がチェックをして判断をするのか、このような役割分担と意思決定を明記したものが「稟議」となります。
会社が大きくなっても、適切に会社が回るようにするために、誰がどこまで決めるのか、決められないときは誰に確認をとるのか、稟議は役割分担を明らかにし、統制を及ぼしていくものです。
逆説的には、稟議がないということは役割分担が不明確ということです。事業の実務の管理が難しくなるとともに、現場全体へ目が行き届かなくなりがちで、会社の混乱は避けられません。
CFOはバックオフィス部門のトップ、経営管理する参謀であり、事業に直接触れる立場ではないため、事業や実務の執行状況を掴むには稟議など経営管理のツールを使っていく必要があります。
稟議があれば、何にお金を使うか、誰がどのプロジェクトを担当するか、なぜそのプロジェクトを行うのかなど、当事者でなくとも事業の実態を掴むことができます。
また、稟議内容が結果としてうまくいかなかった場合は、当該意思決定はドキュメントとして残っているので、それをナレッジとして教訓化することで、より良い意思決定が可能になります。
CFOとして事業をコントロールし、企業が着実な成長を遂げていくための必須アイテムが稟議なのです。
ちなみに、企業の成長過程にIPO(新規株式公開)がありますが、IPOで求められるコーポレートガバナンスとして、役割分担と決裁承認過程を表した稟議は大切な要素となります。
事業の実務執行状況を知り、統制を及ぼしていく。この経営管理を通じて、企業の着実な成長を実現していく。これらのために必要な経営管理のツールが「稟議」なのです。
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フェロー
高森厚太郎
一般社団法人日本パートナーCFO協会 代表理事
東京大学法学部卒業。筑波大学大学院、デジタルハリウッド大学院修了。日本長期信用銀行(法人融資)、グロービス(eラーニング)、GAGA/USEN(邦画製作、動画配信、音楽出版)、Ed-Techベンチャー取締役(コンテンツ、管理)を歴任。現在は数字とロジックで経営と現場をナビゲートするプレセアコンサルティングの代表取締役パートナーCFOとして中小・ベンチャー企業などへの経営コンサルティングのかたわら、デジタルハリウッド大学院客員教授、グロービス・マネジメント・スクール講師、パートナーCFO養成塾頭等も務める。2020年9月にはワークフロー総研のフェローに就任。著書に「中小・ベンチャー企業CFOの教科書」(中央経済社)がある。