【特別対談】「変えられない構造」を壊さずにDXを進めるには セブン銀行に学ぶ、SaaSと分権の使いどころ
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「DXの必要性は分かっている、しかし…」。組織の変革を阻む壁は少なくありません。硬直的な既存業務、それを支える旧来的な組織文化、見通しの立たないROIなど、こうした構造上の制約を前に、多くの企業がDXに踏み出せずにいます。では、構造そのものを壊さずにDXを進めることはできるのでしょうか。 本記事では株式会社セブン銀行においてDXプロジェクトをリードした石原健二氏と、株式会社エイトレッド執行役員の青木健一が「変えられない構造」を前提に、SaaSや分権を「どこで・どう使うか」という視点から、DXの進め方を語り合いました。
「正しさ」と「精度」が高すぎる組織ほど、DXは後回しになる
――セブン銀行は2021年度からの中期経営計画でDXを主要な取り組みの一つに位置付けて、各種施策を実践しました。この取り組みに至る経緯をご説明いただけますか。
石原健二氏(以下、石原氏):2018年から2019年にかけて、当社ではデジタルや業務に関する課題が顕在化し、既存のデジタル環境や業務プロセスを見直す必要性が徐々に高まっていきました。当社は金融機関であるため、まず何よりも機密性や正確性が尊ばれる組織文化です。そのため、多少非効率であっても「確実に回る業務」が優先されやすい構造がありました。情報セキュリティについても同様で、極めて厳格な運用が求められ、システムの機能やデータ連携に制限が課される場面が数多くありました。
その影響で、手入力などの非効率な業務が増大しました。システム間でデータを共有するために転記作業が発生し、人の目による照合作業が介在する状態です。これは社員の負担増につながるとともに、業務上のリスクでもありました。例えば、Excelを用いたID管理では、転記作業が発生し、手作業に依存するため、退職者IDの削除漏れが起こりやすく、セキュリティ面でのリスクを抱えやすい運用になっていたのです。
こうした状況のなかで、業務効率化とリスク低減を両立させるためには、既存デジタル環境を刷新し、業務変革を進める必要があるという認識が社内で共有されていきました。 その後、コロナ禍による社会環境の変化も後押しとなり、2021年度からの中期経営計画において、「組織変革」および「ビジネスモデル・プロセスの変革」が主要な取り組みとして位置付けられ、DXに本格的に注力する方針が明確になりました。
私は2000年の開業準備より当社業務に従事し、情報システム系の部門でキャリアを重ねてきました。DXプロジェクト発足前後でDX専担所属であるコーポレート・トランスフォーメーション部(現:セブン・ラボ部)に異動し、DXチームのリード役として、プロジェクトの大半に当事者として関わってきました。
青木健一(以下、青木):金融機関だからこその「機密性」や「正確性」が課題を生む要因になっていたわけですね。一見、ポジティブな組織文化にも思えます。
石原氏:おっしゃる通りです。金融機関としてお金を扱ううえでは、一円の狂いもなく業務を推進する作業品質が欠かせません。しかし、それがDXの文脈では妨げになることもあります。例えば、仮にアナログで非効率な業務でも、当社の社員は高い精度で完遂できてしまいます。そうした作業品質の高さは組織としての強みですが、一方でDXへの取り組みを後回しにしてしまう要因にもなります。巨額のデジタル投資をしなくても、外見上、業務は滞りなく遂行されるわけですから。
青木:私たちはベンダーの立場として、さまざまな業界のお客様と接しますが、いわゆるレガシー産業と呼ばれる業界のお客様は、似た課題意識を持たれている印象です。長年にわたって磨き上げてきた業務プロセスや社員のスキルが、かえって変革を阻害する要因になっていると。
そうした構造は外から見ると安定しているように映りますが、実際にそのなかで働く人ほど違和感を覚えやすい。特に、若手層になればなるほど、変革が進まない状態に危機感を抱いているようです。組織構造やビジネスモデルといった構造的な問題を抱えている以上、現場レベルの工夫や改善では根本的な課題解決には至らないので悩ましい問題だと思います。
「全部を変えない」ためのDX - SaaSと分権の使いどころ
――そうした「変えられない構造」があるなかで、どこから、どのようにDXを推進していったのでしょうか。
石原氏:私たちが重視したのは、「すべてを変えようとしないDX」です。既存の構造を大きく壊さずに前に進めるには、どこから着手するかが重要になります。そこでDXの主眼として置いたのが、「ワークスタイル変革」でした。
当社の単体の社員数700名程度で、当社システムを利用するグループ全体でも1,400名程度です。この規模では、デジタル投資によって人件費を大幅に削減するような、分かりやすいコストメリットは期待できません。定量的な効果だけを基準にしていると、投資判断ができず、DXそのものが進まなくなってしまいます。
そこで私たちは、DXの目的を「現場の変化」に置きました。社員の仕事がどれだけ楽になったか、エンゲージメントや満足度がどう変化したかといった点を重視し、継続的なアンケートを通じて可視化する設計にしました。現場の変化を捉えながら、改善が自律的に回る状態をつくることを目指したのです。
この考え方とセットで重視したのが、SaaSの使い方と権限設計、いわゆる「分権」でした。当社では、転記作業などのアナログな手法で複雑な業務を支えてきた結果、業務プロセスが部門ごとにサイロ化していました。各部門の業務を一つひとつ紐解いて最適化するのは容易ではなく、全部門で一律にシステムを導入するのは現実的ではありません。そこで、各部門にシステム導入の権限を分権しつつ、統合基盤によって全体の統制を効かせる方針を採りました。それぞれの部門が自らの裁量でSaaSを選び、導入できる設計です。
この「分権」を前提にしたことで、SaaSの特性が自然に活きました。SaaSはカスタマイズの余地が少ないため、活用するには業務をシステムに合わせる必要があります。その結果、各部門が自律的に業務の標準化とデジタル化を進めるようになり、業務変革が段階的に加速していきました。
青木:素晴らしいアプローチですね。SaaSを単なる解決策としてではなく、「どこで使うか」を見極めて導入している点が印象的です。実は、以前、とあるお客様から「ソフトウェアは機能の3割を使いこなせれば成功だ」という話を聞いたことがあります。最近は多機能な製品が増えてきて、「すべての機能を使いこなさなければならない」という捉え方をされがちですが、本来の強みはそこではありません。部門や業務単位で導入できる小回りの良さこそが、SaaSの価値だと思います。その点で、業務の改善や標準化の手段としてSaaSを活用したセブン銀行さんのやり方は、非常に戦略的だと思いました。
石原氏:優れたSaaSには、業務のベストプラクティスがあらかじめ組み込まれています。それを前提に業務を見直すほうが、ゼロから自己流で再設計するよりも合理的だと考えました。既存の業務プロセスが複雑化している企業ほど、「自分たちの業務にシステムを合わせる」発想から離れにくいと思います。しかし、今回の取り組みでは、あえてSaaSに業務を合わせる、いわゆるFit to Standardの考え方を採りました。そのほうが、結果として現場が迷わずに使え、業務の標準化も進みやすいと判断したからです。
凝り固まった業務は、ワークフローと「方針」で解きほぐす
――ワークフローのような部門間をまたぐ業務については、どのような手法で見直しを図ったのでしょうか。
石原氏:ワークフローは、全社で共有すべき方針や判断基準を、実際の業務プロセスに落とし込むための起点になる業務です。ここでのポイントは、「なぜ変えるのか」「どこまでを標準とするのか」を、組織として明確に示すことでした。部門間をまたぐ業務である以上、各部門を一律に標準化しなければいけません。そのため、既存業務との齟齬が生まれやすく、従業員からの反発も強くなりがちです。DXは業務を効率化するための取り組みですが、どうしても一時的には業務プロセスが大きく変わり、負担が増える場面も出てきます。しかし、その変化を乗り越えなければ、いつまでもDXを実現することはできません。「この取り組みは中期経営計画にも記された重要なプロジェクトである」としっかり伝えて、協力を仰ぐことに力を注ぎました。
青木:DXには部門間をまたぐ業務の見直しが必要不可欠です。その際、ワークフローは見直しのよいきっかけになると思っています。ワークフローは単に部門間が連携して行うだけでなく、社内規程や内部統制、文書管理などとも深く関わる業務です。手始めとしてワークフローを見直すことで、組織の全体の変革を加速できるのではないでしょうか。
石原氏:そう思います。実際に、当社でもワークフローの見直しに付随して、承認権限などの社内規程を変更しています。この変更で過剰な承認や回付が削減され、ワークフローの業務効率化がさらに進みました。この点はSaaSのFit to Standardによる導入に似ていますね。まず、先行してワークフローの見直しを図ることで、凝り固まっていた既存の業務を解きほぐすことができる。「変えられない構造」を前提にDXを進めるうえで、有効な一つのアプローチだったと感じています。
DXは「やるリスク」より「やらないリスク」のほうが重要
――「ROIが測りにくい」というのも、DXの推進における課題の一つだと思います。セブン銀行では「ワークスタイル変革」がDXの目標だったとお伺いしましたが、現状、どのような成果が得られているのでしょうか。
石原氏:エンゲージメントや社員満足度の調査は直近で始めたため、現状では、まだ明確な変化として数値に表れている段階ではありません。ただ、全社レベルで業務の仕組みを再構築できたのは確かなので、今後、成果が得られるのではないかと期待しています。
他の観点で言えば、各部門へのシステム導入の分権により、自律的なデジタル化の体制が築かれたことが大きな成果だと思っています。今回のプロジェクトでは、SaaSなどの導入に並行して、ローコードツールを導入して各部門が自律的に業務アプリを開発する施策を展開しました。その結果、現在まで90種類以上の業務アプリが各部門主導で開発・導入されています。この取り組みは社内外で高く評価されており、経済産業省が定める「DX認定事業者」に認定されるきっかけの1つにもなりました。
昨今、上場企業には非財務指標の開示が求められ、人的資本経営が経営の重要テーマになっています。人材や組織の状態そのものが企業価値に影響する時代においては、DXのROIも、単純なコストメリットだけで捉えるべきではないように思います。
青木:たしかにおっしゃる通りですね。個人的には、DXは「やるメリット」よりも「やらないリスク」のほうが、今や大きくなっているような気がしています。社会全体のデジタル化が急速に進み、競合他社や取引先企業もDXを加速させるなかで、自社だけが旧来的な体制を温存していると、ガバナンスやセキュリティ、事業の競争力といった観点でリスクを抱え込みかねません。とりわけ、既存の構造を前提に事業を続ける企業ほど、「壊さずにどう変えるか」という視点を持てるかどうかが、今後の分かれ道になるように思います。DXは新しい仕組みを導入すること自体が目的ではありません。既存の前提を守りながら、どこを変えるべきかを見極める営みだと思います。
例えば、既存のサプライチェーンを維持するにしても、今後はDXによるセキュリティの向上が欠かせないと思います。セキュリティに懸念のある企業と取引したい企業は少ないでしょうし、昨今の世界情勢を踏まえても地政学リスクは年々高まっていく可能性が高いでしょう。
もちろん、お客様のコスト削減や業務負担軽減は当社のミッションであり、今後も取り組んでいく領域です。しかし、その一方で、コストメリットだけでなくリスクにも目を向けるべきではないかと思います。
石原氏:そうですね。旧来的な組織やシステムの体制では、既存の業務すら維持するのが難しくなりつつあるのが現状だと思います。さらに、今後は人口減少により、さらに過酷な人手不足の時代が到来します。人間がシステムの「穴」をカバーする対応は、早晩、現実的ではなくなるのではないでしょうか。その意味でも、短期的な成果やROIに囚われずに、DXに踏み出す意思決定が必要なのだと思います。
――それでは、最後にお二人から読者へのメッセージをお願いします。
石原氏:もし、DXにためらいを感じている方がいるとしたら、まずはここ10年間のマクロ環境の変化を振り返ってほしいです。そうすれば、たった10年間で社会や市場環境がどれほど激変したのかを改めて理解できると思います。そのうえで、長期的にシステムをどのように維持していくのか、組織を永続させるには何をすべきかを考えてほしいです。そうした視点を持つことで、DXへの向き合い方も変わってくるのではないでしょうか。
青木:世の中の変化に敏感であってほしいのは私も同意です。一方で、世の中に情報が氾濫しすぎて、何を信じてよいのか分からない状態であるのも確かだと思います。そのため、いきなり大量に情報を収集するのではなく、あえて情報量を絞って、信頼の置ける仲間や同業者、他業界の同じ職種の方などに話を聞いてみるのもよいかもしれません。最近では、似た課題を抱えるビジネスパーソンが集うカンファレンスやコミュニティも数多く開催されています。まずは、そうしたイベントに参加してみることから始めてみてはいかがでしょうか
<対談者プロフィール>
株式会社セブン銀行 セブン・ラボ部 コーポレートITデザイン室 室長 石原 健二 氏
開業以来のメンバーとして、社内システムや銀行システムの開発/運用を担当。 2度の銀行勘定系システム更改やデータセンター移転のプロジェクトリーダーを歴任
株式会社エイトレッド 執行役員
青木 健一
1998年に株式会社ソフトクリエイトに営業職として入社。Domino/Notesなどのソリューション提供を通じてワークフローシステムに出会う。2003年頃よりX-pointの開発・立ち上げを経験し、2007年にワークフロー事業部門が分社化されて株式会社エイトレッドが設立されると共にジョイン。2019年に執行役員営業本部長として就任し、現在はエイトレッドのマーケティング部長を務めています。ワークフローを紙と印鑑で持ち回って苦労する体験をし、紙業務をシステム化するところを自分自身で経験し、5000社を超えるワークフローシステムの導入企業を見てきました。
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